「クライスラー あきの」を手掛けたダイムラークライスラー在籍の日本人デザイナー、土屋あきの。日本に居たときはデザインともクルマとも縁のない生活を送っていたという彼女に、一体何が起こったのか? 氏のアメリカンドリームに迫る。
ターニングポイント
「立教大学に入学した時は、カーデザインに携わることなど考えもしなかったです。そもそもデザインとはまったく縁のない社会学部でしたから」。そう語るのは、現在クライスラーグループのパシフィカ・アドバンスド・デザインセンターに籍を置く日本人デザイナー、土屋あきの氏。東京モーターショーでクライスラーブースの主役としてスポットライトを浴びるコンセプトカー「あきの」を手掛けた張本人だ。では、彼女の人生に、いつどんな分岐点が訪れたのか?
「自分が何をしたいのかわからないまま入学したのですが、ただ、アメリカにはずっと憧れていたんです。立大には交換留学制度があって、それでバージニア州に留学したんです。そこで社会学部の卒論をやっていたんですけど、気分転換にアートのクラスをやってみようと思って。それでやってみたらすごい楽しかったんです。作った作品を売って欲しいという人まで現れて・・・」
デザインと本格的に向き合うようになったのは、憧れの地、アメリカで留学生活を送っている時だという。それが結果的に彼女にとって、デザイナーへの道を踏み出す出発点となったわけだが、そこで彼女が見付けたものは、アートとの「出会い」というよりは、「きっかけ」だったといった方が正しいのかもしれない。
「父親が建築家で、叔父や祖父もまた同じ職業なんです。ですから生まれながらにしてアート関係の影響を受けやすい環境に合ったのは確かだと思います。子どもの頃からお人形遊びとかには興味なくて、公園でボール紙を集めて何かを作ったりとか、そういう幼年期を送ってましたから。ただ、(アートが)好きではあったけれど、大人になって、職業に結び付くとは思っていなかったし、そういう学校があることすら知らなかったんです。留学中に気分転換のつもりで始めたアートの先生から、そんなに好きだったら転校してみたらと勧められて。大学3年の時でした」
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