[2007/10/30]
波乱の展開を制したM・ヒルボネンがウィナーに
「ラリージャパン2007」レポート
2007年のWRC第14戦となるラリージャパンが北海道は十勝地方で開催された。今年は初日からランキングトップのM.グロンホルムをはじめとするトップドライバーが次々と姿を消すなど大波乱の展開。3日間に渡って行われた激しい戦いの模様をお届けしよう。
レグ1でポイントリーダーのグロンホルムが早々と姿を消す
今年で4年目の開催となるラリージャパンが、北海道の帯広十勝地方で行われた。競技前日となる10月25日は、帯広駅前のメインストリートでセレモニアルスタートが行われ、6万4千人の観衆が見守るなか全86台のマシンが市街地を駆け抜けた。今年は10月下旬の開催と、例年よりも遅いこの時期へと期間を変更。路面状況等のデータがこれまでと異なるため、そのあたりが影響するかがみどころとなる。
競技初日となった26日はSS1で霧が発生、またSS2ではところどころで路面が凍結しているなど、かなり難しいコンディションとなったようだ。そんななか現在ランキングトップのM・グロンホルムは、何とSS4でコースアウト。1分ロスしてコースに復帰したものの、マシンのフロントセクションは大破し、左のドアは大きく凹んだ状態でサービスに戻ってきた。サービスでは修復を試みるものの、その損傷はロールケージにも及ぶほどひどく、チームはラリーを断念せざるを得なくなった。
グロンホルムは、「左に回り込むところで少しスピードが速すぎた。浮砂利が多く、曲がり切れなかった。右のリアホイールが藁の束に当たり、その衝撃でマシンがまわってしまい、コースから落ちてしまった。さらにサイドから切り株にヒットしてしまった。コースに戻るのに1分かかってしまった。ステージが終了してからダメージがどんなに酷かったか分かったよ。」 とコメント。ここで優勝候補の一角が早々と姿を消してしまったこととなる。
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