あるF1エンジン設計者が、いみじくも喝破した。「フェラーリはいまでも『ビンテージエンジンの新品』を作っている」。もちろん構造も材質も現代そのものだが、精神面において、その観察は正しいかもしれない。
 イグニッションを捻ると電子音のようにスターターが鳴き、やおら12気筒が目覚める。その時すでに、こちらは脈拍も血圧も上がり、踏んだらどんなだろうと、胸うち震える気分。そしてスカットルの向こう側ではF133型エンジンが、これからどう踏まれるのだろうと、胸うち震える気分らしいこともわかる。嵐の前の静けさとは、このことか。
 しかし、嵐は嵐としては襲って来ない。ステアリングホイールの向こう側、右のパドルを軽く引いて1速にエンゲージしアクセルを踏み込むと、575Mマラネロはごく平和にスッと動き出す。クラッチのつながりも滑らかそのものだ。そのまま全開をくれてやると、力強いがたとえようもなく滑らかでもある響き(クワァーンともギュイーンとも聞こえるが、コクピット内は意外に静か)とともに、大きなレブカウンターの針は瞬時にしてリミットの8000rpmに届き、80km/hを超えたところで自動的に2速に飛び込む。
 そこからも8000rpmのわずか手前でシフトアップをくり返すが、ゆっくり速度計を確認している暇はない。ただし発進から約500mで悠々と4速200km/hに到達したのは読み取れた。
 これはカンビオF1をノーマルモードで使った結果だが、ダッシュのスイッチをスポーツモードに切り換え、自動的にシフトアップさせず、各ギアであと100rpm余分に引っ張るパターンで試みても、実質的な差は出なかった。
 というより、額面515psを本当に体感できたかどうかも疑わしい。先代550マラネロの5474ccから5748ccに拡大、出力も485psから30psほど向上しているが、それがどう違うのかはっきりしない。それもそのはず、メーカーの公表データによる0→100km/h発進加速も、550の4.4秒より0.2秒速くなっただけなのだから。
 このエンジンの美味なる部分は、高回転のみを使う全開加速より、4000〜5000rpmあたりでのパーシャル状態にある。この状態のバリトンの方が耳に快く、それ以上だと不思議なことにおとなしくなる。トルクの出し方も中速において最も力強く、右爪先の1センチがクルマの動きにもてきめんに現れる。
 それにしても、長いクランクを持ちながら、これほど全体がソリッド感で貫かれた12気筒はほかにない。ソリッドといえば、しなやかに躾けられたサスペンションも同様だ。ダッシュのスイッチでASRを切り、1速からしゃにむに全開発進すると、さしものピレリPゼロ・ロッソもたまらず空転し濛々とスモークを上げるが、その状態でも決してバタつかず、きれいに2本の墨痕をアスファルトに塗りつけながら確実に加速する。方向性は微塵もブレない。よほどサスペンションの位置決めがしっかりしていないと、これだけの芸当は不可能だ。これなら万一コーナーでテールが流れても、余裕をもってコントロールできる。
 このようなレーシングスタートに関しては、レブリミッターがトラクションコントロールとしても作用し、路面に点線状のブラックマークを残すBMW M3/SMG-IIの方が高効率だが、マラネロ級のパワーなら思い切ってタイヤを空転させ続けた方が(実際、2速にシフトアップするまではグリップを回復しない)駆動系にかかる負担を軽減できるのだろう。そのことはヴァンキッシュの項目であらためて説明しよう。



Specification
■全長×全高×全幅=4550×1935×1277mm
■ホイールベース=2500mm
■車両重量=1750kg
■エンジン種類/排気量=V12DOHC48V/5748cc
■最高出力=515ps(379kW)/7250rpm
■最大トルク=60.0kg-m(589Nm)/5250rpm
■トランスミッション=6MT(シーケンシャル)
■サスペンション(F:R)=Wウイッシュボーン:Wウイッシュボーン
■ブレーキ(F:R)=Vディスク:Vディスク
■タイヤサイズ(F:R)=255/40ZR18:295/35ZR18
■東京標準現金価格=27,930,000円(コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド)
 


F512Mの後継となるスポーツ系V12フェラーリとして、550マラネロが登場したのは'96年のことだった。この575Mマラネロは'02年に発表されたその進化型で、エンジン排気量の拡大やF1システムの新搭載、内外装のデザイン変更が図られている。トランスミッションを後方に置くトランスアクスル方式のFRで、前後重量バランスに優れたパッケージングはボディサイズを感じさせない俊敏なハンドリングを実現している。



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