ホラーの総本山はイギリスにある。豊かな国のはずなのに日常生活が質素なのは、どの家庭にも人口統計に含まれない幽霊が住み着いて、そのぶん食費が嵩むからだと言われているから、ホラーも本物なのだ。
そんなイギリスでは、恐怖を題材にした小説も映画も、これ見よがしに血糊や臓物をぶちまけたりせず、そこはかとなく周囲の空気を締めつけるように読者や観客を怯えさせる。この分野きっての巨匠とされるアルフレッド・ヒッチコック監督の手法も、やはりイギリス育ちだけあり、あざとい表現がほとんどない。最も残酷なものでも、『サイコ』('60年)で入浴中の女性が襲われる一瞬ぐらいではなかろうか。
そんなヒッチコック映画は、文章では語れない。あの冷え冷えと観客の足元からのぼって来るような恐怖感はテレビやビデオではなく、暗い映画館でこそ最大の効果を発揮するもので、順を追って文章化するだけで味わいが失われる。それに、恐怖の根源の得体が知れないこと(少なくとも観客にとっては)にポイントがあるのだから、安易に語ってしまっては失礼すぎる。
特に『鳥』は、まったく意志を読めない動物が相手であり、それが天空を覆い尽くす恐怖になるのだから、筋書きを紹介すること自体、あまりにも陳腐だ。制作されてからすでに41年、あらゆる恐怖映画が現実世界の出来事に追い越されてしまった中にあって、まだ言うに言われぬ恐ろしさが色褪せないのが『鳥』、若いファンでもぜひ一見の価値はある。
さて、そんな『鳥』の中でティッピ・ヘドレン演ずるヒロインが乗りまわすのがアストン・マーティンDB2/4のドロップヘッド・クーペ。主な舞台は'60年前後、サンフランシスコから少し離れた寂しい漁村だが、いかにヨーロッパ系のスポーツカーがもてはやされた戦後のカリフォルニアとはいえ、さすがアストンともなれば例外中の例外的な存在だ。並みのアメリカ車なら数十万円から百万円ほどで買えた時代の300万円級と言えば、それだけでも夢のようなクルマではある。しかし、アストンはそれ以上に希有な存在で、たぶん普通のアメリカ人なら誰も知らなかったに違いない。なにしろ'87年にフォードの傘下に加わるまで、創業から66年間すべて合計してもカローラの一カ月ぶんしか作らなかったほど寡作のメーカーなのだから。
それはともかく、ここでクローズアップすべきは「DB」の二字。これぞアストン・マーティン中興の象徴であり、いろいろ紆余曲折を経て'87年にフォード・グループ入りした今でも、最新のDB9のようにこのコードネームを冠するほど敬意をもって取り扱われているのが何よりの証拠だ。 |
 |
 |
ドロップヘッド・クーペがカタログに加えられたのは、'50年10月から。当初の価格は、サルーン(クーペ)1920ポンド、ドロップヘッド・クーペ2040ポンド、シャシーのみ850ポンド。当時の邦貨換算率は1ポンド=1,000円だからドロップヘッド・クーペで約200万円ということになるが、日本では100万円で東京近郊に新築の土地付き一戸建てが買えた時代のこと。それを考えれば、現在のアストン以上に高嶺の花だったことは確かだ。  |
 |

|
| W.O.ベントレーが設計した直6DOHCユニット。'52年式となる撮影車は、パワーが初期の105psから125psに引き上げられている。このクルマは、アストンやロールス・ロイス、ベントレーなど高級イギリス車を多数扱う麻布自動車(特にアストンは在庫数やパーツの供給体制に関して日本でもトップレベル)の販売車で、価格は00,000,000円。ちなみに『鳥』に登場するのは2+2の2/4だが、そのDB2/4の登場と前後して、イギリスでは高級な2+2スポーツカーが流行し始める(ブリストル404、ジェンセン541など)。ただしジャガーはXK系でその波に乗らず、むしろスポーツカーとは形の違うスポーツサルーンに力を注いだ。 |
|