ハリウッド最大の得意技といえばカーチェイス。道路だろうと荒れ地だろうと強行突破、その巻き添えで何台も派手にドッカンドッカンぶつかるシーンを、本当に飽きもせずに撮り続けてきた。とにかく単純な追っかけっこが大好きな国民性らしい。
それならカーチェイスだけの映画を撮ろう、というわけで生まれたのが『バニシングin 60』。企画の言い出しっぺであり、脚本を書き演出を兼ねるばかりか主演まで、それも代役なしでカーチェイスまですべてやってのけた故H・B・ハリッキー自身がスタントマン出身だったと聞けば納得できる。
余談だが、この『バニシングin 60』が封切られたのが'74年。その3年前には『バニシング・ポイント』が大ヒットしている。そのせいか、このほかにも26年間にわたって実に7本もが『バニシング○○』なる邦題で上映されているが、原題にその単語が含まれているのはオリジナルのみ。あとはどれもバニシング云々とは何の関係もない。配給会社も安易なものだ。
安易といえば、この『バニシングin 60』も安易そのもの。撮影に当たってLA市当局の協力を仰いだりの実際に大規模なチェイスシーンを組み立てたりの苦労はあったろうが、とにかくカーチェイスをやりたい一心だけだから、舞台設定もストーリーもすべてそのための布石にすぎない。さらに言うなら、主人公がいったん逃げ込んだ整備工場からクルマごと逃走する場面でも、出入口を封鎖しているはずの警察車両が微妙に隙間を空けてあり、見事そこを突破して、まだまだドラマは続きます状態になっている。いくらLAからトーランスからロングビーチに至るエリアが広大だからといって、警察もここまで間抜けではあるまい。
そのくせ妙なところは凝っていて、話の展開でパーネリ・ジョーンズも登場するのだがそれが本物の本人。'50〜'60年代のレース界を代表するヒーローが、短時間にせよ演技などやって、しかもそれが『グランプリ』でのグレアム・ヒルより巧みときている。さらに笑わせてくれるのは、そのPJがバレバレのカツラを着用していることだ。'74年といえばすでに現役を退き、ヴェルズ・パーネリVPJ4を製作し、マリオ・アンドレッティを擁してF1に挑戦していたころで、すでに彼自身は頭頂部の地肌が目立っていたはず。ひょっとすると、劇中の自動車泥棒が変装のためにカツラを常用していたので、それに合わせたのかもしれない。
それはさておき、映画の後半ほとんどを占めるカーチェイスの主人公? をつとめるのが、1973年型のフォード・マスタング・マッハ1。もちろん音速のMACHだが、たいていのアメリカ人はマック(ではなくメァーック)と発音する。表向きは保険代理店、本当の顔はプロの自動車泥棒集団に、南米の富豪から「来週までに、これこれのクルマ合計40台を手に入れろ」と注文が入る。クラシックカーありスーパースポーツあり、いかにもLAらしい品ぞろえだ。それをいとも簡単に片っ端から盗み、解体屋で仕入れてきた事故車のシリアルナンバーなどを使って偽装するのだが、なぜか一台、ちょっとしたボタンの掛け違いで、なかなか手に入らないのがマッハ1。結局は焦って盗んだのが露見して、派手なカーチェイスに発展することになる。
ここでまたまた余談だが、こうして盗む中にマンタなる奇妙なスポーツカーも登場する。当時のカンナム・マクラーレンM6Bをクーペ化したロードバージョンのように見えるが、中身は簡単な鋼管フレームにVWの足回りを組み付け、適当な実用エンジンを積んだある意味ジョーク的なスペシャルだ。それでもさすがカリフォルニアというべきか、それなりに需要はあったらしく、'70〜'80年代にかけて累計800台ほどが売れたという。
ところで、このマッハ1という仕様は、すでに'69年に発売された第3世代マスタングからあり、シリーズ中の位置付けとしては、スポーツイメージぎらぎらの豪華バージョンだった。本当に性能を求めるファンのためには、スポーツサスペンションなどで武装、装飾品を控えめにしたボスやシェルビーなどが用意されていた。
ちなみにマスタングは、'64年半ばから'66年までが初代、'67〜'68年が二代目、'69〜'70年が三代目で、ここに登場する'73年型は'71年から登場した第四世代の最終タイプになる。ここまで歴代のマスタングは、モデルチェンジのたびに大型化を続けてきた。初代の成功に刺激されシボレー・カマロやポンティアック・ファイアバードなど強力なライバルが現れたのに対し、よくあるように豪華化、大型化などで差をつけようとした結果だ。四代目も、実はまだ二代目時代の'67年夏に基本設計が始まったのだが、とにかく立派に見せることが第一だった。
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| ボディはハードトップ(つまりノッチバック)、ラグトップ(コンバーチブル)、スポーツルーフ(ファストバック)の3種類。マッハ1は基本的にファストバックのみ。粗い格子グリルに、メッキの枠のない小さな馬のエンブレムが付き、ヘッドライトの内側に角形のドライビングライトが付くのがマッハ1の特徴。このドライビングライトは'71〜'72年が横長で、'73年のみ縦長。ただし、この外観にするキットも非常に人気が高かったので、見た目だけで本当のマッハ1かどうかは識別できない。
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