1945年2月4日マルセイユ生まれで、もちろんフランス国籍。
バーミンガム・インスティテュート・オブ・アートデザイン卒業後、'66年シムカ入り。
'68年、フォードに入り、17年間勤務。'85年VWに移籍。
'87年10月、ルノーにデザイン担当の副社長として迎えられる。

東京モーターショーが終わった後、ある人を追いかけるようにフランスに向かった。 ヨーロッパ往復という時間、コストを費やしても、インタビューしたい人が"ルノーの人"だったからだ。
パトリック・ルケモン氏――。
ルノーにデザイン変革をもたらしたその人。
いま、世界中から注目される、ルノー・デザインを率いる。


 パトリック・ルケモン氏にインタビューするのは、これが2度目である。前回は'01年の東京モーターショー。会場で時間を割いていただいたのだが、この時、強く思ったのが、改めてジックリと話を聞く機会が欲しいというもの。なにしろ、ルケモン氏はカーデザイン界注目の人。ルノー・デザインに大きな変革をもたらして、インパクトのある魅力的なデザインを次々と発表してきたからだ。ここに至る経過、流れ、どうしてそうなったのかなど、色々と聞いてみたかったのである。
 願いが叶ったのは、東京モーターショー後の、この11月。パリ近郊、ヴェルサイユ近く、ルノー開発部門の本拠地、テクノセンターにてだ。

 聞いておきたかったのは、なぜ、パトリック・ルケモン氏がルノーを選択したかである。ルノーはいまもそうだが半官半民というような会社で、とりわけデザイナーという職業の人間にとっては難しいところがあるメーカーのように思えるからだ。
――なぜ、ルノーに? 前回、お聞きしたところでは、BMWとルノーの、ふたつの選択肢があったということでした。
「私は20年間、他のメーカーで働いてきたわけですが、その間ずっとルノーで働きたいと考えていました。もちろん、ルノーが好きだったからです。どうしてと理由を聞かれたら、ハッキリとしたことはいえないのですが……。ともかく、その20年の間に何度かルノーに手紙を書いているほどです。ルノーに来る1年前、私はフォルクスワーゲンにいました。でも、ウォルフスブルグに長くいようとは思っていませんでした。気候もそうですが、私にとってはあまり心地よい街ではありませんでしたから(笑)。そういうところに、当時のルノーの社長、レヴィ氏からオファーをもらったのです。確かに、当時のルノーは、官僚的でやや古い体質を持ち、財政的にも問題があるという会社でした。ですが、私はこの会社には創造的なものを作り出す力がある。そういう会社で働くことによって、なにか色々なものが生み出せる。また多くのことを顧客に提供できるのではないかと感じていました。そうした潜在能力を持ったルノーなら、私は自信を持って働けるのではないかと考えてましたね」
――そして、レヴィ社長から、デザインに関しての白紙委任を勝ち取られたわけですね。
「ウィ(笑)。レヴィ氏にいったのは、私がこの会社で働くのであれば、自分のスタイル、新しさというものを追求したい。ですから、デザインに関しては私に全権を委ねて下さいといったんです」
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