[2008/11/26]
盛大な大会に育った今こそ、より良質な鍛練の場へと踏み出せる。
全日本学生フォーミュラ大会 観戦記 VOL.3
数年前とは比較にならないほどのチームと学生たちの関心が集まり、彼らのエネルギーが肌に伝わるまでになった日本の学生フォーミュラ。しかし一面では、本来あるべき学生の自主・自立はチーム=指導者によってバラつきがあり、若い頭脳ならではの発想の柔軟さや飛躍よりもむしろ定型を探して追おうとするあたりは、現在の日本のものづくりそのままでもある。大人たちのイベント・オーガナイズもボランティア=アマチュアではすまされない状況に至った。こうした状況から踏み出して次のステージへと進むための方向を“観察者”の立場から考えてみた。
競技の“枠組み”と“実施”の改善が必要。一部ルールの日本固有化も
フォーミュラSAEと共通化されたコンペティションに取り組む日本の「学生フォーミュラ」は、社会に出て仕事として企画・開発・製造に関わる前に、本格的なプロジェクトに参画し運営してその難しさと面白さを脳と身体に染み込ませる、という大きな意味を持つ。それは間違いないし、現場に立つ学生たちにとってエキサイティングな体験なのはもちろん、彼らを支援する側、審査する側、競技を運営する人々全てにとっても、日常業務にはない刺激と楽しみを与えてくれている。それは現地で肌で感じた。
しかしその一方で、日本の産業や組織が一般的に抱えている問題、弱点も、同じように現れてくる。とくにマシンに関しては「定型化」が進み、「熟成」が成績に直結する状況が現れている。しかしそこに飛躍や、新しい状況や環境に対する適応、進化は生まれにくい。もちろん、ある製品を作り、そこに現れる問題や弱点を「つぶし」、熟成を進めてより良い製品にすることは、日本人と日本企業がずっと得意にしてきたこと。それが日本をここまでの産業国にした。でも「学生フォーミュラ」がそれだけでは、次世代の技術者、企画者、オーガナイザーを育てる土壌にはなりにくい。
とくにアメリカのチームの中には「なんだこれは…」という意表を突いた発想で上位に来るケースが現れる。決められた要件の中で「人と同じことはしない」という意識がまずある。数十ものグループが集まった時、マシン・コンセプトはもちろん、静的審査、動的審査のそれぞれに、そういう取り組みをするチーム、いや個人の集まりが現れてもいいと思う。
ただし初年度でそれがある程度の成果を得るのは、今の「学生フォーミュラ」のレベルの高さでは難しい。何年かの改良と蓄積を経て、独自の発想が結実することになるだろう。東大の2気筒エンジン+CVT・サイドマウント方式はその例に挙げていいと思うが、毎年の改良の積み重ねが進んで、細部の造りなど凝りすぎているのでは…と思えるほどになっている。それが2位に止まって、この先の飛躍はどうするか? そこからの議論が白熱してほしいと思う。上智大学も、今年は大型ウィング(アメリカで流行)を装着してきたが、マシンづくりとしては「煮詰まって」いる。それは良い意味でもあり、また「ここからの飛躍は難しい」という袋小路を意味するものでもある。
そういう意味では、日本独自の枠組みを追加する手もあるように思う。もちろん欧米の大会、アメリカだけでなく、イギリス、オーストラリア、さらにドイツでも始まった同じ競技会に参加するために、車両規定は今と同様、フォーミュラSAEそのままであるべきだ。しかし競技会としての“ソフトウェア”の部分では、日本独自の、日本の現況や日本人の属性を踏まえて、より多くの刺激を与え、もっとリアルに取り組めるような「ローカルルール」を制定してもいいのでは、と思う。
たとえば、何年か同じマシン・コンセプトを継承し、上位入賞を何度か獲得したチームの場合は、ある基準で「前年のマシンの改良仕様での参加は認めない」とする、とか。しかし逆に小規模なチームで「毎年、新たに車両を製作すること」が現実に難しい場合は、同じ車両+改良で連続エントリー(しかし2年まで、とか)を認めてもいい。
それからプレゼンテーション。アメリカとイギリスに限っては「原価2万5000ドル」の「モータースポーツ専用車両」を、そのカテゴリーのための競技も新設して、「1日・4台」製造して販売し、利益を確保する…というシナリオは、まぁリアリティがないわけではない。しかし日本では、まったく成立しない。だからせっかくの製品企画、企業首脳へのプレゼンテーションという状況設定も絵空事になり、いかに上手につじつまを合わせ、演技をするか、ということになってしまう。
それならば、そもそもこういう車両を作って、販売して、アフターケアとサービスをして、いったいどうすれば「ものを作って、売って、利益を得て、皆が楽しく遊べるか」。そういうテーマに変えればいい。そうすれば、その「製品企画」が「現実のマシン」のデザインや造りとも、もっとリアルに結びつくはずだ。こういうところは、フォーミュラSAEのルールを“厳守”する必要はない。むしろ日本提案が世界基準になる可能性もあり、また海外の大会に出る時には、その要求、あるいは設定された市場に対して、調査し、シナリオを組み直し、新しいプレゼンテーションを用意する(しかも英語で)、というのは、また良いトレーニングになるはずである。











