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[2008/11/28]

クルマ本来の魅力とは
【連載コラム】クルマが夢でなくなる日 -6-

【連載コラム】クルマが夢でなくなる日 -6-クルマ本来の魅力とは何だろうか。それは、クルマ、特に乗用車は個人の移動の自由を提供する「インディビジュアル・モビリティ」であると言える。誰でも、いつでも、どこへでも簡単に行ける、という人類の長年の夢をクルマは実現させ、行動範囲を大きく広げてくれた。クルマが発明されて以来、この文明の利器が人々を魅了し続けてきたのはインディビジュアル・モビリティを提供してくれるからで、このような明確なベネフィットがあるからこそ、大量輸送手段に対して魅力ある交通手段となり得るのだ。そして多くの国がクルマの利便性に着目し、全ての国民がそれを享受できるよう政府がインフラ整備などさまざまな手を打ってきた。

では日本はどうか。ハードウエアとしてのクルマが進化した割にはインディビジュアル・モビリティの進化がイマイチのような気がしてならない。クルマは壊れなくなり、安全になり、より快適で高速になった。でも自由な移動の大前提となる交通環境の整備などが同じように発展したとは思えない。また、誰でも享受する権利があるはずなのに税金を中心とするコスト負担はどうか。冷静に考えてみると電車や飛行機といった大量輸送手段と比べると相対的に交通手段としての魅力が色褪せてきているのである。この色褪せていく状態がユーザーの積極的選択によるものではなく、どう考えてもやるべきことをやっていない結果としか思えないのだ。

日本は公共交通手段が発達しているではないか、との反論があるかもしれない。確かに大都市のバスや電車の充実ぶりは世界トップレベルだ。しかし、ことインディビジュアル・モビリティの実現手段としてみた場合の公共交通機関は役不足のところが多々ある。例えば地方ではローカル線が廃止されるなど、なかなかクルマなしでの生活が考えられない。欧米のように電車の駅には駐車場があり、パーク・アンド・ライドが手軽にできるのであれば、地方からでも電車で気軽に長距離移動ができるだろうが、そのような設備はまだ十分とは言い難い。また、地方、都会を問わず、日本は深夜の交通手段が欧米と比べると心許ない。サンフランシスコなどは殆どの幹線道路でバスが24時間走っているのに対し、東京では午前1時にもなればほとんどの公共交通機関がストップし、タクシー代を節約するためにネットカフェやファミレスが夜を明かす人たちで溢れかえる。

この日本の現状には、自動車メーカーがグローバルな競争に晒され頑張っている割には、行政が十分な役割を果たしていないと言わざるを得ないだろう。もちろんメーカーとしてもやれることはあろうが、インディビジュアル・モビリティ社会の実現を本気で考えるなら、それは行政が本気にならなければ無理だ。

文:白洲輪太郎

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