ボディ形状を5ドアに1本化したことや、名の通ったWRXの名を外すなど、ドラスティックな変貌を遂げたインプレッサ。その新型を清水和夫はどう斬るか!?
エピソード1 WRX誕生の秘話
1992年に誕生したインプレッサは、14年の年月を経て、ポルシェやBMW M3に匹敵するパフォーマンスを持つまでに成長した。このまま進化を重ねていくと誰もが期待していたはずだが、ニューヨークショーでデビューし、このたび国内に登場した新型インプレッサには、なんと高性能バージョン「WRX」が設定されていない。走る愉しさでは他のどのクルマにも負けないというスバルの気持ちが詰まったインプレッサが、大きく方向転換をしようとしているのだ。そしてそのことに多くのファンは戸惑っているに違いない。真実はどこにあるのだろうか。
まずインプレッサがどのような背景から生まれたのか振り返ってみよう。インプレッサ誕生のエピソードは二つある。一つはWRCで勝つために誕生したというストーリーである。WRCにレガシィで参戦していたマルク・アレンはそのクルマでなんとか一勝を挙げたものの、サイズが大きいがゆえの回頭性の悪さにはいつも苦しんでいた。そして最終的に「もっとコンパクトにしないとWRCでは戦えない」と言い残し、スバルチームを去っていった。WRCで勝つためには“コンパクトなレガシィ”が必要だったわけだ。そこで初代インプレッサが、レガシィより100mmも短いホイールベースで誕生したわけである。
二つめの理由はゴルフのようなCセグメントのクルマが必要となったことだ。レガシィが2リッタークラスのセダン・ワゴンに昇格したために、その下のサイズのクルマが必要になった。インプレッサの企画段階では、水平対向エンジンではない普通の4気筒エンジンを積むことも検討されたくらいだ。このように80年代に企画されたコンパクト・スバルのグローバル構想は、オイルショックなどの社会的な背景も大きく影響していた。しかし、90年代初めのスバルには新しいエンジンを作るほどの余裕はなく、結局水平対向エンジン一本で、WRCに勝つマシンと、ゴルフをベンチマークとした普通のモデルを開発することになったのだ。
ところで「WRX」という名前の由来は「WRC」をカモフラージュするためだったと言われる。社内の雰囲気が今のようにラリーに対して積極的ではなかったので、WRC参戦プロジェクトが頓挫しないようにWRXと名付けられた。ニッサン スカイラインR32 GT-Rの開発の時も「GT-R」という記号は最後までふせられ「GT-X」として開発が進められていたのは有名な話だが、それと似たことがスバル社内でも起こっていたのだ。尖ったモデルは作る方にも色々と苦労があるようである。
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