英国にて(20年前の記憶)
今回は、ちょっと個人的な旧い話をしてみたい。(まあ、僕の話は大抵が旧い話なのだが・・・)
写真の泥に汚れたひどい状態のミニチュアカーは、20年ほど前に英国で開催されたある新型車の試乗会の最中、偶然通りかかった田舎町の古道具屋で購入したものだ。値段は5ポンドほどだったと記憶する。
1936年型タトラT77A
つい先日、変わったミニチュアカーを手に入れたので紹介したい。
車名は1936年型タトラT77Aと言う。
Jaguar RacingCar Transporter(1959)
[ミニカー | 2008/06/30]
最近入手したミニチュアカーを一つ。
それは、1950年代に造られたレーシングカーのトランスポーター。縮尺は1/43、メーカーはマカオに本社を置くスパーク社です。このミニチュア自体は、かなり前に発売されていたのですが、あまりお廉く無かったので、買えなかったんですね。ところがつい先日、都内某所で廉く売っていたので、つい買ってしまったというわけです。
このトランスポーターは、当時は英国を代表する自動車メーカーだったジャガーが、ジャガー製レーシング・スポーツカーを使い、英国本土はもちろん、ヨーロッパ大陸各地を転戦するレーシング・チーム、エキュリー・エコスのために特別に造ったものでした。ベースとなったのは、BMCの輸送機器部門で造っていたコンマー製の大型バス。フロント部分とシャシーを残して大改造を施し、ルーフ部分に2台、ボディ後部に1台の計3台のレーシング・マシンを搭載可能としたもの。運転席の後ろ側には4~5人分のラウンジ・スペースがあり、ドライバーたちが寛げるようになっていました。
エキュリー・エコスはプライベート・チームだったんですが、事実上はジャガーのワークス・チームとなっていました。Cタイプ、Dタイプをル・マン24時間レースやミッレ・ミリア、ニュルブルクリング1000㎞レース、スパ24時間レースなどに走らせたのです。このトランスポーターは、マシンとドライバーを同時に運ぶことができるわけですね。エンジンは2サイクル・3気筒のディーゼル・エンジンで、アンダーフロアに搭載されています。
1959年たった一台だけ造られたこのトランスポーターは、1950年代末にジャガーがレースから撤退すると共に忘れ去られていたんですが、1992年にエキュリー・エコス系の熱心なコレクター(こんな人が居るというのはサスガ英国ですね)、ディック・スキップワースが入手、レプリカ製作とレストアで知られたリンクス・エンジニアリングが時代考証に基づいた徹底したレストアを施したんだそうです。写真を撮るので手持ちのジャガー・レーシング・スポーツを載せてみました。縮尺は合っていますから、なかなか良い雰囲気であります。
家にある不思議なもの2
[本 | 2008/02/26]
「家にある不思議なもの」の第二弾である。今回はお宝(飽く迄僕にとっての)自慢だ。
そのお宝とは、「The Wonder-book of Motors」と言う英国で出版された一冊の子供向けの本である。この本は、僕が生まれる以前から家に在ったと言う。奥付けも失われてしまっているので、発行された年次は定かではないのだが、内容からすると1920年代末ころに出されたものらしい。1926年型のロールス・ロイス 40/50hpファンタムが「New Phantom」として紹介されているのだから。
内容はバラエティに富んでおり、乗用車からトラックやバス、特殊車両やモーターサイクル、さらに、エンジンの基本的な構造からドライブ・ガイドまでを網羅してある。もちろん全編英語の文章なのだが、比較的平易で読みやすく、文字も大きいので読みやすい。物心が付くころから、ずっと傍らに在った本だから、何処にどんな記事があり、どんな写真が載っているかなどは全て覚えてしまっているのだが、不思議なもので時折本棚から取り出して改めて読み返し、見返していても、一向に飽きることがない。今現在も、僕が話をしたり文章に書いたりしていることの根本的な部分は、この本から得たものから拡がったことが多いのである。いわば、僕のルーツだと言ってよい。
つまり、この本との付き合いは60年以上になる訳だが、これも僕の貴重なお宝の一つなのである。こんな本が一つや二つはあっても良いのではあるまいか。
家にある不思議なもの
[ミニカー | 2008/02/13]
今回は、家にある不思議なものをピックアップして紹介したい。まずは、自転車の模型である。
この6人乗りの長大なフレームを持つ自転車の模型は、今から15年ほど前にスペインのバルセロナの模型専門店と言うか、高級な玩具店で購入したもの。値段は1万2000円くらいだったと思う。模型そのもののメーカーは分からない。
ある新型車の試乗会で訪れたスペインのバルセロナの地下商店街にあった模型店の店内に、天井から吊り下げられる格好で展示してあった。全長は50cmほど、ハンドルやサドルは鋲とボルト&ナットで組み立ててある。
後輪を駆動するクランク・ペダルは6組、ゴム製でチェーンを象ったベルトは6本が左右交互についている。このチェーンが一本失われていたので、2割くらい値引きしてもらったと記憶する。現在は輪ゴムで代用してある。クランク・ペダルも可動で、後輪は回転することが出来る。
最前部のハンドルにあるブレーキも可動で、小さなレバーと2ミリ径くらいのワイヤーを通して前後輪のブレーキが実動する。ブレーキはスポーツ・モデル用のリム側面を左右から挟む形式のものだ。
こんな自転車が実際に在ったのかどうかは寡聞にして知らないが、3人乗りのものには短時間だが乗ったこともあるから、6人乗りがあってもおかしくはない。また、1860年代にドイツのオペル(最近輸入が中止されてしまった)を興した5人のオペル兄弟が自分たちのために特別に造られたという5人乗りの自転車と共に写っている写真もあるので、こうした多人数乗りの自転車は珍しくはなかったのだろう。
























